青梅市成木の古民家は、囲炉裏と広い縁側を持つ築80年の一軒家だ。青梅の市街地から車で山あいへ分け入っていくと、道はやがて谷に沿って細くなり、両側から杉と檜の斜面が迫ってくる。成木はもともと、江戸城の白壁に使われた石灰焼きや林業といった山の仕事で暮らしを立ててきた土地で、家々は斜面のわずかな平地に、身を寄せ合うように建っている。この家も、背後に植林された杉林を背負い、脇を細い川が流れる場所にあった。せせらぎの音と、風が梢を鳴らす音のほかに、耳に届くものはほとんどない。夏には家のまわりの草が人の背丈ほどに伸び、秋には落ち葉が縁側まで吹き寄せる。手を入れなければ、山はすぐにでも家を呑み込みにかかる。

はじめて引き戸に手をかけたのは、霜の降りた冬の朝だった。建て付けの悪くなった戸は途中で一度つかえ、力を込めて横へ滑らせると、埃と、長く空気の動かなかった家特有の、湿った畳と土の匂いが一度に鼻をついた。玄関の三和土には泥のついた長靴が二足、最後に脱いだときのままの向きで残されていた。前の住人がここを出てから何年になるのか、正確に覚えている人はもういない。台所の窓ガラスは白く曇り、柱にかかった時計は止まったままだった。奥の間には古い仏壇と神棚がそのまま残り、色あせた造花が供えられている。そこにあったのは、写真集に載るような「趣のある古民家」ではなく、「片づけと、弔いの終わっていない家」だった。

部屋を一つずつ見て回ると、暮らしの続きがそこかしこに残っていた。台所の柱には子どもの背比べの傷、押し入れには畳んだままの座布団、縁側の隅には使い込まれた竹箒。水道の栓をひねっても、しばらくは赤く濁った水しか出てこない。長く人の手が入らなかった家は、家そのものが少しずつ土に還ろうとしている。かつてこの土地の人々は山の仕事で生計を立て、子や孫はやがて街へ出ていった。残された家は、誰を憎むこともないまま、静かに空き家になった。ここを、もう一度人の眠れる場所へ戻す。作業は、その一点から始まった。

囲炉裏の周りには、かつて家族が車座になっていた気配が、まだどこかに残っていた。天井は長い年月の煙で飴色に艶を帯び、太い梁が家全体をどっしりと支えている。こういう骨組みは、いま新しく建てようとしても、もう二度と同じようには手に入らない。だからこそ、壊して更地にするのではなく、時間をかけて甦らせるだけの意味がある。手間はかかる。それでも、この梁の下でまた誰かが笑って暮らす光景を思い浮かべれば、片づけの一日一日に、不思議と張りが出た。

まず、残置物をゼロにする

前の住人の家財、錆びた農具、色あせて重くなった布団、台所の戸棚に伏せられたまま埃をかぶった欠け茶碗。空き家の売買がなかなか前へ進まない最大の理由は、家そのものの傷みよりも、実はこの残置物にある。人は、他人の暮らしの残り香が濃く漂う部屋の中では、自分の生活を思い描くことができない。押し入れを開けるたびに知らない誰かの気配がこぼれ出てくる家を、「わが家」として想像するのは難しい。

私たちはまず片づけの専門業者と、地域で空き家の整理に関わってきた人たちの手を借りて、部屋をひとつずつ空にしていった。押し入れの奥からは古い写真の束や、宛名の色あせた手紙、判の押された古い証書のようなものまで出てきた。こうしたものは勝手に捨てず、所有者や親族に一つずつ確認してから扱う。捨てていいのか、残すのか、その判断を他人が代われない場面が何度もある。仏壇と神棚は、片づけの前にきちんと手を合わせ、しかるべき形で御霊を抜いてもらってから運び出した。これは急いではいけない工程だ。

出てきた手紙の束を電話口で伝えると、所有者はしばらく黙り込んだ。遠い親戚の字だと分かったらしく、それだけは送ってほしいと言われた。処分を頼まれた家にも、捨てられない一束が必ずどこかに眠っている。作業は一日で終わるものではない。朝、山あいにまだ霜の残るうちから始めて、日が谷の向こうに落ちるまで運び出し、それを何日も繰り返す。運び出した家財の量は軽トラック何台分にもなり、埃を吸わないようマスクをした作業員の首筋には、冬でも汗がにじんでいた。残置物の撤去は、量が読めない分だけ費用も読みにくく、見積もりが数十万円の単位になることも珍しくない。それでも、ここを飛ばして家は売れない。作業のあいだ、近くを通りかかった土地の人が「ここ、やっと片づくのかい」と足を止めて声をかけてくれた。長く空き家が残ることを、いちばん気にかけていたのは、実は近所の人たちだった。荒れた家が一軒あるだけで、集落全体がどこか寂しくなる。だから彼らは、片づく家を、我がことのように喜んでくれた。

畳を上げ、床下に長く滞っていた空気を入れ替え、写真で一枚ずつ状態を記録しながら、家はゆっくりと残置物ゼロの状態に近づいていった。すべてを運び出し終えた午後、がらんとした座敷に、雲の切れ間からの西日が長く差し込んだ。埃の粒が光の帯の中をゆっくり漂い、誰かが歩くと床板のきしむ音だけが天井の高いところへ抜けていく。空っぽになって、家はようやく「次の誰か」を待つ静かな表情になった。買い手が「自分の暮らし」を思い描けるのは、家が空になってからだ。順番を飛ばすことはできない。

家が空になると、載せる写真の意味も変わる。他人の家財が雑然と写り込んだ暗い室内ではなく、光の差す、何もない座敷を撮れるようになる。同じ一軒でも、残置物のあるなしで、画面の向こうの人が受け取る印象はまるでちがう。空っぽの一枚こそが、遠くにいる検討者の想像力に、その場所を明け渡す。掃除の行き届いた縁側に西日が長く伸びる写真を見て、はじめて「ここに座ってみたい」と思ってもらえる。片づけは、家を売るための下準備であると同時に、誰かの想像がそこへ入ってくるための、入り口をつくる作業でもある。

改葬(墓じまい)を先に済ませる

地方の空き家には、敷地の隅や、少し離れた斜面に、先祖代々の墓が残っていることがある。この物件でもそうだった。都会で育った買い手にとって、家を買ったあとで「このお墓はどうすればいいのか」という問いを一緒に背負い込むことは、間取りや価格の話よりもずっと重い。掃除やお参りを続けられるのか、続けられないとしたらどうするのか。答えの出しにくい問いを抱えたまま、人は移住に踏み切れない。

だから私たちは、家を売り出す前に改葬——いわゆる墓じまい——を先に済ませておくことにした。所有者の親族と何度も電話や書面でやり取りし、寺や自治体の窓口の手続きを一つずつ進めていく。書類の往復だけで数週間、供養や納骨先の日取りを合わせるのにさらに時間がかかった。急いではいけない工程だ。年配の親族が墓前で、長く、何も言わずに手を合わせていた姿を今も覚えている。片づけの汗とはまるで質のちがう、静かで、重さのある時間だった。権利関係を整理するというのは、書類上の言葉であると同時に、誰かの気持ちに一つ区切りをつけてもらう作業でもある。

墓じまいまで済ませておけば、買い手は暮らしのことだけを考えて、身軽にこの家へ移ってこられる。それは価格表のどこにも載らない項目だが、移住を検討する人にとっては、想像以上に大きな安心になる。家に付いてくるのは、間取りと土地だけではない。その土地が背負ってきた時間ごと、次の人へ渡していくということでもある。だからこそ、渡す側の私たちが、渡せる状態まで先に片づけておく。それが、遠くから来る買い手への、いちばん実務的な誠意だと思っている。区切りをつけてから渡された家は、次の住人の暮らしを、余計な影で曇らせない。

消防適合を確認する

体験ステイ——実際に何日か泊まって、暮らしを自分の体で試してもらうこと——を受け入れるには、住宅としての安全が大前提になる。古い家ほど、ここは決して省けない。情緒だけでは、人は安心して眠れない。

火災警報器が必要な部屋に正しく付いているか、電池は生きているか、古い配線に無理がかかっていないか。一つずつ点検し、足りない箇所を直したうえで、消防適合を確認してから公開した。あわせて、赤く濁っていた水がきれいに出るまで水道を通し、雨漏りの跡を天井裏まで確かめ、雨戸や網戸の建て付けを直す。裏庭に回れば、伸び放題だった草を刈り、縁側にたまった落ち葉を掃く。囲炉裏のある家は、その一点だけで人の心を動かすほどの情緒がある一方で、火の扱いに人一倍気を配らなければならない場所でもある。夜、はじめてこの家に泊まった人が、天井の高い暗がりを見上げながらも、安心して眠りに落ちられること。写真には決して写らないこの確認こそが、体験ステイの本当の土台になる。

すべてが整った家に立つと、囲炉裏のある座敷は不思議と静かで、暖かい。ここで最初に体験ステイをする人は、朝、この縁側で何を思うだろう。都会の暮らしに疲れた人か、山の仕事に憧れる若い世代か、あるいは海の向こうから来る誰かか。顔も知らないその人のために、私たちは床を磨き、窓を拭く。空き家再生は、誰かの過去を丁寧に片づける仕事であると同時に、まだ会っていない誰かの未来を、一足先に用意しておく仕事でもある。

作業は冬に始まり、春には家のまわりの草が一斉に芽吹いた。夏の草刈りで全身汗だくになり、秋にはまた縁側に落ち葉が積もる。四季をひと巡りするあいだに、家は少しずつ、人を迎えられる顔つきを取り戻していった。片づけ、改葬、安全確認。どれも見栄えのしない、地味な工程ばかりだ。だがこの三つをすべて終えて初めて、家は「泊まって、暮らしを確かめてから決める」という入口に、ようやく立てる。AkiyaWayでは、こうして一つずつ整えた家に実際に体験ステイで滞在してもらい、その滞在の熱が冷めないうちに購入相談まで進める道筋を用意している。遠くに住む人にも、海の向こうから関心を寄せる人にも、母国語のまま相談を始められるよう、多言語での案内をそろえてある。がらんとした座敷に長く差していたあの西日を、次に見上げるのは誰だろう。その人が余計な不安を抱えずに最初の一歩を踏み出せるように、私たちは今日も、写真映えのしない工程を一つずつ積み上げている。